日本人にとって身近なファストフードであると同時に、日本各地の風土を映すスローフードでもある「おにぎり」。“究極のウチ飯”として、鮨さながらにポテンシャルを秘め、ラーメンのようにバリエーションも豊富。現在、その人気は海を渡り、ニューヨーク、パリ、ロンドン、シンガポールと世界各国に拡大中だ。本場日本でもコンビニの棚には新商品が次々と並び、専門店やカフェも登場している。時代とともに進化する日本人の知恵と食文化の結晶「おにぎり」の魅力に迫ってみたい。
おにぎりの歴史は弥生時代、古くは神様に捧げるお供え物が始まりとされる。平安時代には貴族の宴で蒸したもち米を握り固めた「屯食(とんじき)」が従者に振る舞われ、鎌倉時代には武士の兵糧に。江戸時代になると旅人の携帯食や農民の弁当として様変わり。現代では1978年にコンビニでおにぎりが発売されると、「作る」ものから「買う」ものへ、意識が浸透していった。
おにぎりは米、塩、具、海苔の4 つの素材構成を基本としているが、食材の組み合わせや味付け、形によってバリエーションは無限大。日本人の主食「米」を主役にして成り立つことから、日本の食文化の原点であり、ユネスコ無形文化遺産「和食」の入り口ともいえるのだ。
「陸の米、海の塩と海苔というのがいかにも島国・日本の食文化らしい。おにぎりはごはんで具を包んでおいしければ、なんでもあり。ルールはありません。47都道府県毎にご当地おにぎりがあるほど。土地毎のカルチャーを知ることができるローカルフードの元祖でもあります」とは、「一般社団法人おにぎり協会」の中村祐介氏。
日本の子どもたちはまず、手で握るおにぎりで料理を覚える。運動会や遠足には母親が愛情を込めてごはんを握り、受験や試合では勝負飯として、おにぎりは活力を与えてくれる。最初から冷やして提供するヴィシソワーズのようなスープ料理はあっても、冷めることを前提にして作られる料理は世界でも珍しい。
「ヘルシーなのに、消化はゆっくりだから腹持ちがいい。それにすぐに食べられて、安いし、堅苦しさがない。だから海外でも多くの人に受け入れられるのだと思います」と、中村氏。小さなおにぎりは「ONIGIRI」として多様化し、その可能性を世界に大きく広げている。
中村氏の話によると、「おにぎりは日本人にとって、昔からあまりに身近な食べ物であったがゆえに、鮨や蕎麦のように名店と言われるような専門店が存在してこなかった」という。和食というカテゴリーのなかで歴史は浅いものの、「おにぎり浅草宿六」は1954年創業、東京最古をうたうおにぎり専門店だ。
「夜遊びのあと、小腹を空かせた客を相手に祖母が始めた店。小さい頃から祖母が握ったおにぎりの味や食感を刷り込まれて育ちました」と語るのは、三代目店主の三浦洋介氏。
カウンターのショーケースには具材が並べられ、壁に掲げたお品書きもどこか鮨屋を思わせる。三浦氏は毎年秋になるとコシヒカリの新米を食べ比べ、その年の米を厳選。昔ながらの大きな羽釜にこだわり、強火で一気に炊き上げるのが宿六流だ。香りのいい江戸前の海苔に、全国各地から選りすぐる食材。一番人気の「さけ」に、定番の「梅干」「おかか」「こんぶ」、珍しい「紅生姜」「福神漬け」まで、17種類を数える。使い込まれた木型でごはんの形を整え、やや硬めに握るというおにぎりはバランスの良さが感じられる味わい。大きさもほどよく、海苔の風味が際立ち、塩加減もいい塩梅。ごはんとごはんの間に隙間を作るよう握るため、口に頬張ったときのほぐれ具合も格別のひと言だ。
三浦氏はこれまで、ミラノをはじめ、ドバイでもおにぎりを握り、海外でも大きな手応えを感じているという。2018年にミシュランガイド東京版の「ビブグルマン」に選ばれて以来、国内外からお客様が殺到している。「おにぎりの魅力は安心感」。軒先の長い行列が、その言葉を証明しているようだ。
おにぎり浅草宿六
東京都台東区浅草3-9-10
Tel. 03-3874-1615
http://onigiriyadoroku.com/
世界の都市を席巻中の「ONIGIRI」。日本では米離れが進むなか、おにぎり屋はしっかりと街に根差し食生活を支える、なくてはならない存在になっている。
かつて職人の街だった東京・大塚に1960年創業。おにぎりの聖地といわれ、開店前から店先に長蛇の列ができる「ぼんご」。この店の魅力は種類の豊富さ。お客様からのリクエストに応えるうち、具のバリエーションは増えに増え、定番から変わり種まで55種を数えるまでに。さらにひとつのおにぎりに別の具を2、3種、トッピングすることも可能だ。欧米人にはツナ&ベーコン、アジア圏のお客様にはシャケ&マヨネーズの組み合わせが人気とか。壁の品書きを参考にする人、実際の具材を見て選ぶ人、人気ランキングから選ぶ人とオーダー方法も様々。米は厳選した新潟県岩船産棚田米を貫き、おにぎりに合う海苔と塩を選別。1日1000個以上を売り上げるという人気店は、昼11時30分から夜0時まで活気に満ちている。
「温かいごはん、たっぷりの具材、そして大きいサイズ。そのうちのどれが欠けても『ぼんご』のおにぎりじゃないの」と、女将の右近由美子氏は笑う。
ぼんご
東京都豊島区北大塚2-27-5
Tel. 03-3910-5617
https://www.onigiribongo.info/
一方、東京・中目黒にある「Onigily Cafe」はケータリングからスタートしたカフェ。「もっとお洒落に振り切ることもできるけれど、大切にしたいのは家庭の味。日本古来の形を崩さず、アレンジやデコレーションは控えめにしながら、現代的なカフェのスタイルでお出しする。いつ来店しても同じ味があるという安心感を大切にしたい」と、オーナーの竹内未来氏。米は力強い粘りと甘みが特徴の、冷めてもおいしい長野県佐久市産コシヒカリ。海苔は有明産で時間がたっても嚙み切れる厚さにこだわる。王道の梅、シャケ、昆布に加え、ネギ味噌大葉に明太クリーム、おかかチーズといったオリジナルメニューも人気だ。インスタグラムを見た若い世代や海外からのゲストも多いという。
お腹を満たし、心も満たすおにぎり。万国共通のおいしさで、世界の食のスタンダードになる日も近い。
Onigily Cafe(オニギリー カフェ)
東京都目黒区中目黒3-1-4
Tel. 03-5708-5342
https://onigily.com/
Text: Mamiko Kume
Photos: Kazuhiro Gohda, Yoshihiro Kawaguchi, Getty Images
Stylist: Yoko Watanabe
この記事は、2019年8月発行の「THE PALACE」Issue 02掲載の内容をベースに、2022年12月現在の情報として掲載しています。2019年の取材撮影時の写真やテキストを使用しているため情報が更新されていない部分もございます。ご了承ください。
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