2019 Issue02
One Day Trips

Timeless Travel in Kawagoe物語が宿る街 川越

都心から電車で約1時間。東京の北西に位置する川越は「蔵造りの街」として知られている。旧市街の中心、仲町交差点から札の辻交差点に及ぶ約400mの通り沿いには、一軒毎に意匠の違う豪壮な土蔵の商家が立ち並び、眺めは壮観だ。

川越の歴史は、幾度も大火に見舞われてきた歴史でもあった。1893年の大火では町の3分の1以上が焼失。このとき、江戸後期に建てられた蔵造りの商家「大沢家住宅」などが類焼を免れたことから、耐火建築の蔵造りが次々と建てられ、町は復興を遂げた。

川越の蔵でひときわ目を引くのが、黒い外壁。日本橋への憧憬から、江戸の街並みを模した通称「江戸黒」。左官職人が黒漆喰を手のひらで直接塗り、磨き上げたもので、施主と職人の心意気が感じられる。蔵は通常「倉庫」となるが、商いをする店舗「店蔵(みせぐら)」であることも川越らしい。屋根を支える棟木を保護するために施された瓦屋根の「箱棟」「かげ盛り」、密閉性を高める「観音開扉」も特徴的だ。

高度成長期からバブル期にかけて存続が危ぶまれた蔵造りだが、地元住民が中心となって保存活動が進められた。現在は「大沢家住宅」をはじめ、23棟の建物が国や市の文化財に指定されている。復興の礎となった蔵造りの街並み。今や川越の顔として、歴史と伝統を語り継いでいる。

川越城本丸御殿

建物探訪

江戸時代、徳川家康の影響が強く及んだ川越は、酒井重忠など譜代の有力大名が藩主を歴任。あらゆる物資の集積地として栄え、17万石の城下町は「小江戸」と呼ばれる賑わいをみせた。商人町、職人町、寺町、武家地など、城郭を中心とした当時の都市形態「町割」は、今も色濃く残されている。

数あるなかでも、「川越城本丸御殿」は見どころのひとつ。本丸御殿が現存している例は日本国内でも珍しく、東日本で現存する唯一の御殿。玄関部分と大広間、家老詰所が残されており、武家の威容を感じることができる。

江戸時代から明治、大正、昭和まで多様な建築物が時代を結ぶように立ち並ぶのも川越らしい風景だ。ブルーグリーンの塔屋に縞模様の飾り柱のルネサンス様式が目を引く旧市街の洋風建築は、1918年に建てられた「旧第八十五銀行本店本館」。同行は川越藩の御用商人らによって設立された埼玉県初の銀行で、国の登録有形文化財にも指定。

旧武州銀行として昭和初期に建てられたギリシャ様式の「川越商工会議所」。県内で最も古い歴史があり、川越地域の商工業の発展や町づくりの事業活動を支えている。蔵造りの街並みに隣接する大正浪漫夢通りは、川越を代表する商店街。江戸時代から3代以上にわたって続く店舗も多く、1933年に建設されたかつての呉服屋は「シマノコーヒー大正館」として憩いの場となっている。

川越藩主の酒井忠勝(在城1627-1634)により建てられた「時の鐘」は川越のランドマーク。領民に時間を知らせるために建築された。現在の建物は1893年の川越大火で焼失後に再建されたもの。今でも6時、12時、15時、18時と1日4回美しい鐘の音を蔵の街に響かせている。

  • 時の鐘
  • 川越城本丸御殿
  • シマノコーヒー大正館
  • 埼玉りそな銀行 川越支店

川越が一年で最も賑わうのは、毎年10 月の第3 土日に行われる「川越まつり」の2日間。「川越氷川祭の山車行事」としてユネスコ無形文化遺産にも登録され、町のあちこちで保存された山車を目にすることができる。徳川家ゆかりの「喜多院」「仙波東照宮」など神社仏閣も数多く、主要スポットを一周しても2 時間ほど。便利な周遊バスも運行しており、効率よく利用してみるのもおすすめだ。

地酒は街の誇り

日本酒生産量が全国上位を誇る埼玉県。意外と知られていないが、県内には34もの酒蔵があるという。そのうちのひとつが、川越唯一の酒蔵「小江戸鏡山酒造」だ。1875年に川越市の中心地・新富町に創業した「鏡山酒造」。2000年にその歴史が途絶えたが、近隣の飯能市にある「五十嵐酒造」の蔵びとと酒蔵の次男・五十嵐昭洋氏が尽力。地元の老舗醤油蔵の一角を借りて、愛され続けた地酒を復活させた。今では酒米生産者と協力し、川越の伊佐沼エリアを中心に県内で開発された酒造好適米を栽培。最高級クラスの大吟醸は評判も高く、今年5月の全国新酒鑑評会では、埼玉の米と水で醸した県産酒として初の金賞を受賞。蔵びとの平均年齢も30歳と若く、次世代の日本酒界を担う後進の育成にも力を注いでいる。

「年間734万人が訪れる川越は、埼玉県一の観光都市。観光客の方々は川越に蔵造りの街並み、神社仏閣、和食、和菓子と『和』を求めに来る。日本の重要な食文化であり、町の誇りでもある川越の地酒をゼロから造ろうという思いで、歴史ある蔵を受け継ぎました。日本酒はおもてなしに欠かせない大切なツールです」と語る、五十嵐氏。機械に頼らず、昔ながらの製法を採用。テニスコート1面ほどの「日本で最もコンパクト」という酒蔵で、料理のおいしさを増幅させるような濃醇旨口を目指している。

小江戸鏡山酒造
埼玉県川越市仲町10-13
Tel. 049-224-7780
https://www.kagamiyama.jp/

その旧鏡山酒造の酒蔵を改修し、2010 年にオープンしたのが「川越市産業観光館 小江戸蔵里」。国の登録有形文化財にも指定された3つの蔵のひとつ「ききざけ処 昭和蔵」には、埼玉県内34蔵の日本酒が試飲器に取り揃えられ、有料で飲み比べが楽しめる。ここでしか飲めない限定酒もあり、連日多くの日本酒ファンで盛況だ。タイプ別に分けられており、自分の好みの味わいを探してみるのもいいだろう。

伝統を大切にしながら、新旧の人と文化が交錯する。そんな気風が醸成されているのもまた川越らしい。

小江戸 蔵里 ききざけ処 昭和蔵
埼玉県川越市新富町1-10-1
Tel. 049-228-0855
https://www.machikawa.co.jp/sake

食べ歩きの愉悦

川越散策のもうひとつの楽しみは、食べ歩き。街をそぞろ歩けば、そこかしこからいい香りが漂ってくる。評判のうなぎからB級グルメまで、名物を気軽に堪能してみたい。

江戸時代、一大産地として栽培が盛んに行われたサツマイモは川越を代表する名物のひとつ。江戸の人々がとりわけ好んだのが焼き芋で、1949年創業の「つぼやき 平本屋」では昔ながらの「つぼ焼き芋」を販売。240°Cもの高温になる漆喰のつぼで焼くと、ホクホクした焼き上がりで甘みも凝縮されるという。食物繊維やビタミンも豊富、カルシウムたっぷりの皮ごと味わえる自然派のスイーツだ。

  • つぼやき 平本屋
    埼玉県川越市松江町1-23-1
    Tel. 049-222-1918
    *不定休。10 月~翌年7 月中旬までの期間営業

  • 江戸屋
    埼玉県川越市元町2-7-1
    Tel. 049-223-0602

市内に十数店舗を数え、店毎に違った味わいが楽しめるのが焼き団子。川越は醤油味が主流で、古くは穀物の運搬に尽力した労働者に力をつけさせるため、米で作った団子を食べさせたのが始まりとされている。団子屋は現代の喫茶店の役割を担っていたようだ。室町時代に創建された蓮馨寺の境内で暖簾を掲げる「名代焼だんご 松山商店」は創業100年を超える老舗。一本一本手で串を打つのがこだわりで、焦げた醤油の香りがたまらない。

松山商店
埼玉県川越市連雀町7-1
Tel. 049-222-2374

札の辻交差点に近い「菓子屋横丁」も、外せない観光スポットだ。そもそもは菓子職人が集まる町として成り立ち、昭和初期には70軒以上もの菓子問屋がひしめき合っていた。現在は町の一角に二十数軒の菓子屋・駄菓子屋が軒を連ねており、量り売りが人気の「江戸屋」もそのうちのひとつ。子どもの頃は小銭を握りしめ、駄菓子を買い食いするのが何よりの楽しみだった。いつの時代も変わらず、店には童心にかえって駄菓子を選ぶ大人の姿も見受けられる。

歴史と伝統の間に、庶民の何気ない日常が垣間見える川越。ノスタルジックなショートトリップを満喫してみたい。

Text: Mamiko Kume
Photos: Takao Ohta, Aflo

この記事は、2019年8月発行の「THE PALACE」Issue 02掲載の内容をベースに、2022年12月現在の情報として掲載しています。2019年の取材撮影時の写真やテキストを使用しているため情報が更新されていない部分もございます。ご了承ください。

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