2022 Issue05
Local Tastes

Fascination of Ankoあんこ 魅惑の甘美

日本で縄文時代から食べられていた「あずき」は食物繊維やポリフェノールなどの栄養素が豊富に含まれ、古くは病気の予防や回復だけでなく、その赤い色から邪気を払うとされ、行事や儀式の祈願に重用されてきた。そんなあずきを主原料に砂糖液で煮詰めてつくられるのが、和菓子に欠かすことのできない「あんこ」だ。日本の四季や花鳥風月を表現した茶会の上生菓子から庶民的なまんじゅうやおはぎに姿を変え、さらにはアイスクリームや菓子パン、登山の行動食やアスリートのエネルギー補給にも用いられている。素朴なのにあまりに奥深いあんこの魅力を探る。

日本人の食文化に深く根差していながら、あんこの発祥や歴史は不明な点が多い――。そう語るのは『あんこの本』の著者である姜 尚美氏。「材料は主にあずき、水、砂糖、塩のみで、配合や炊き方は店それぞれ。技術は“習うより盗め”という職人の世界で製法については門外不出の風潮が強いこともあり、身近な存在でありながらあんこに特化した文献は圧倒的に少ない」と言う。

そもそもあんこは「餡」のことで、米や穀粉でつくった皮の中に入れる「詰め物」の総称だった。鎌倉時代に宋から帰った禅僧が点心を伝え、そのなかのまんじゅうと羊羹がルーツになったというのが通説だ。羊羹の「羹」の字は「あつもの」と読むが、古くに中国より伝わった羊羹は羊肉のスープのこと。日本の禅僧たちは肉食が禁じられているためあずきを用いて精進料理とし、徐々に汁気のない羊羹に変わっていった。まんじゅうも同様に、肉の代わりにあずきを用いたとされている。

今のような甘いあんこが広まったのは江戸時代後期のこと。輸入や国産化によって砂糖が普及し、菓子文化の発展とともに庶民の間にも急速に広がっていく。昔はどの家庭でもつくられていたほど、あんこは身近な存在だった。

原材料の豆はいんげん豆、青えんどう豆などいくつか種類があるが、あずきを使ったものが一般的だ。製法によっても呼び方があり、あずきの粒をつぶさぬように炊いた後、砂糖を加えて混ぜたものが「粒あん」。粒がつぶれるまで煮て、皮をそのまま残して甘みを加えたのが「つぶしあん」、煮たあずきから外皮を取り除いた呉を水でさらした後、水分を搾った生あんに砂糖液を加えて練り上げたものが「こしあん」、さらに大納言と呼ばれる大粒のあずきを砂糖液で煮て、こしあんと混ぜたものが「小倉あん」だ。

「あずきは無精者に煮らせろ」ということわざがある。怠け者が火加減を見ながら気長にコトコト炊くくらいがちょうどいいという意味だが、熟練の職人が炊き上げる粒あんは皮の破れがなく粒が美しく整い、あずきのエキスやかすかな渋み、食感も小気味よい。

一方でこしあんは独特の光沢があり艶やかで、舌触りはきめが細かくなめらか。テクスチャーや風味はそれぞれ異なるが、餅で包んだり、皮で挟んだり和菓子の種類に応じて使い分け、個性を発揮するのが和菓子職人の腕の見せどころ。シンプルなだけに原材料にこだわり、受け継がれた技術と経験を駆使しながら思いを込めて炊くのだろう。

姜氏によれば、洋菓子は小麦粉や卵、砂糖にバターの油分を加えて一気に焼き上げた香ばしさが魅力だという。これに対し、あずきやもち米などの豆類や米類をじっくり煮炊きし、油分も加えない和菓子はどこか日本のごはんを思わせ、食べ疲れないのが魅力だという。

「あんこを知るには、まず自分のホームとなる行きつけの店をつくり、その店のお菓子を少なくとも1年は食べ続けてみてください。あずきにも旬があり、年に一度収穫される秋の新豆は皮が赤ちゃんの爪みたいに薄くて柔らかく色もパッと明るくて、豆の香りもひと際華やかです。夏になると日焼けしたように色が少し黒っぽくなる。お菓子の種類も四季に合わせて替わるので、名物をあちこち食べ歩くより自分のなかに基本が見つかり、味の変化に敏感になったり、別の土地のあんこを食べたときに味の違いに気づくようになるはずです」と、姜氏。

日本人の暮らしに馴染み、食べ継がれてきたあんこ。どこか懐かしく、親しみやすい味わいが、長く愛され続ける理由なのかもしれない。

わかば 
東京都新宿区若葉1-10 
Tel. 03-3351-4396

老若男女問わず、日本人に広く親しまれているあんこの代表格といえば「たい焼き」。東京・四ツ谷駅近くに店を構える「わかば」は香ばしい皮と頭からしっぽまできっちり詰まった粒あんのたい焼きが評判で、多い日には1日に3000個も売れる繁盛店だ。

店でこしらえるあんこは甘みのある皮とのバランスを考慮し、塩を利かせるのが秘訣という。2枚の鉄板を合わせ、複数個をいっぺんに焼く「連式」が主流だが、「わかば」では鯛の形をした鋳型で一匹ずつ焼く「一丁焼き」を貫く。前者は「養殖もの」、後者は「天然もの」という俗称もユニークだ。

「気候によってあんこと生地の状態は変わりますし、職人によっても鯛の顔つきや焼き上がりの色も違います。今はSNSの時代なので、味はもちろん、見た目の美しさにもこだわります」と、店長の伊藤巧真氏。

駄菓子屋として創業した1953年当時、たい焼きは駄菓子と一緒に売られていた。1尾210円という良心的な価格だが、クオリティをさらに高め「庶民的なたい焼きを高級魚に」と意気込む。

とかくあんこを楽しむ和菓子は手土産に重宝されるが、「きんつば」はその筆頭といえる。下町風情を残す浅草観音裏に1903年から暖簾を掲げる「徳太樓」のきんつばは、花柳界の土産の定番。芸者さんが手を汚さずに、3 口で食べきれる品のいいサイズが特徴だ。

あずきを炊いて寒天で固めたあんこは、柔らかくデリケート。衣に直接浸すのではなく、しゃもじで一度すくってから一面ずつあんこに付け、熱効率の良い銅板に並べて手際よく焼き上げていく。皮をまとって薄化粧をほどこした藤色のつぶしあんは、砂糖控えめなのに甘さがちゃんと感じられ、あずきの持ち味が素直に感じられる。「あんこの表面に皮をうっすらのせている感覚」と四代目の増田有希人氏。

「料理と同じで、素材が基本。品質管理されたあずきを炊いて、砂糖と合わせるだけでぐっとおいしくなります。シンプルだから誤魔化しが利かない。出汁をちゃんと取った醤油ラーメンが飽きないように、また食べたいと思ってもらえたら嬉しいですね」

徳太樓
東京都台東区浅草3-36-2
Tel. 03-3874-4073

様々な和菓子に生まれ変わり、豊かな味わいで魅了する。そんな何度でも食べたくなる愛すべきあんこの数々を見ていきたい。

古本屋が立ち並ぶ東京・神保町の駿河台下に暖簾を掲げる、和生菓子の御菓子処「さゝま」。周囲に出版社が多いことから作家への手土産として喜ばれ、ノーベル賞作家の川端康成や小説家の大佛次郎も好んだというのがこの店の「松葉もなか」だ。表面に松葉をあしらった三味線の胴形をした皮に、職人がひとつひとつ手作業であんこを詰める。繊細なのに割れも欠けたりもせず、小麦色をしたもなかは端正で美しい。「あんこを食べてほしいから、皮はギリギリの軟らかさにしています」と、店主の笹間芳彦氏。主役はあくまであんこ。揺らぐことのない名店の矜持だ。

泉岳寺「松島屋」の店先には、面構えのいい大福がずらりと並ぶ。「一にも二にも材料。そこそこの材料ではそこそこの味になる」と、北海道十勝産あずきのなかでも状態の良い大粒にこだわり、つぶしあんにする。「あずきを炊くときは粒がつぶれるのも気にしません。どれだけ煮たって、硬い豆もあれば焦げ付きやすい豆もあり、それはそれで豆の個性。じっくり時間をかけて煮てやることで、あずきの風味が引き出されます。僕ができるのはこれくらい」と、控えめな職人。あんこと向き合い、毎日欠かさず「おいしくなれ」と気持ちを込める。目指すのは、祖父母が孫に食べさせるような大福だ。

  • さゝま
    東京都千代田区神田神保町1-23
    Tel. 03-3294-0978

  • 松島屋
    東京都港区高輪1-5-25
    Tel. 03-3441-0539

藤色を帯びた深みのある色合いになめらかな舌触りで、上質なあずきの香りがふわっと鼻腔を抜ける。それが、表参道「菓匠 菊家」の「水ようかん」。同店では菓子に応じて10 種ほどあんこを炊くが、唯一先代から教わり「それだけは自信がある」と店主はきっぱり。何度も水を替えながらアクを抜き、炊きながら粒を触っては味見をして、硬さや舌触りを確認する。「気候も見ながら日々調整をしますが、あんこ炊きは勘と経験。大事なのは砂糖の割合と火加減で、そこは気が抜けないところ。柔らかすぎず、硬すぎず、東京らしくシャキッとしないとね」。桜の青葉が手に入る時期だけの限定品というのも潔い。

小倉アイスの元祖、湯島の「みつばち」では、秋の訪れとともに「おしるこ」がお目見えする。あずきは北海道産大納言にこだわり、粒を転がしながらいいものを手でよって選りすぐる。「虫食いの穴が開いていたりするので、1粒ずつ大切に選んでいます」とは、店主の嶋田有子氏。一から手づくりされる「おしるこ」はお客様の好みに応じて、粒あんにきび餅を入れた「ぜんざい」。汁気のあるつぶしあんに餅を入れた「田舎しるこ」。サラサラとした汁気のあるこしあんに餅を入れた「御前しるこ」の3種を用意するほどの気持ちの入れよう。優しい甘さと塩気に続きあずきの風味が感じられるおしるこは、素朴でヘルシーな甘味として長く愛され続けている。

たくさんの人に愛され、町の鏡でもある「あんこ」。食べるほどに味わい深く、どこまでも魅了する。

  • 菓匠 菊家
    東京都港区南青山5-13-2 菊家ビル9階
    Tel. 03-3400-3856

  • みつばち
    東京都文京区湯島3-38-10
    Tel. 03-3831-3083

Text: Mamiko Kume
Photos: Shinsuke Matsukawa

この記事は、2022年2月発行の「THE PALACE」Issue 05掲載の内容をベースに、2023年6月現在の情報として掲載しています。2022年の取材撮影時の写真やテキストを使用しているため情報が更新されていない部分もございます。ご了承ください。

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