2024 Issue07
Local Tastes

More than Just a Coffee Shop昭和ノスタルジー 純喫茶

東京・神保町にある純喫茶「さぼうる」。オープンと同時に連日、老若男女様々なお客様でお店は賑わう。

レコードやシティポップと昭和レトロがブームに沸くなか、若い世代を中心に注目を集めている「純喫茶」。画一化されたチェーン店とは違い、店ごとに空間デザインやメニュー、看板のロゴやBGMに至るまで、それぞれの個性が発揮され、地域性やオリジナリティが満載だ。新聞やマンガ本を取り揃えたり、おしぼりを提供したりするなど、マニュアル化されていない独自のサービスも魅力といえる。時代の変遷を辿りながら根強い人気を支えているのは、隅々まで行き届くオーナーの強いこだわりとお客様に満足してもらいたいというホスピタリティにほかならない。昭和の文化遺産として再評価されている純喫茶の魅力と価値について考察していく。

純喫茶とはそもそも「酒類を扱わず、ホステス等による接客を伴わない純粋な喫茶店」と定義されている。日本の高度経済成長期と重なる1960年以降から全国各地で急増。文化人が集うサロンのような役割を果たすと同時に、新たなカルチャーが生まれる起点でもあったようだ。次第に大衆化したことで入りにくさがなくなり、来客を迎える自宅のリビング、あるいは会社の応接室代わりに重宝された。

コスト重視の店づくりが主流となった現在と違い、オーナーの多くは自己表現やこだわりを最優先してきた。内装や調度品も本物の材料を用いらざるを得ない時代であったことも、独自の世界観がもたらされた所以だろう。

「コーヒー1杯を楽しんでもらうために、店内に噴水やシャンデリア、ミニチュアの電車を走らせるお店があるほど。様々な仕掛けはお客様をもてなしたいという気持ちの表れでしょう。オーナーが憧れた世界観を、今よりもずっと情報量が少ない時代に想像力を膨らませてつくり上げた。100軒あっても1軒として同じ店はありません。だからこそ飽きずに通ってしまうし、今の時代に価値があるのだと思います」とは、東京喫茶店研究所二代目所長・難波里奈氏。

その言葉を裏付けるのにふさわしい1 軒が、東京・上野にある純喫茶「古城」だ。創業は東京オリンピックが開催された1964年頃。地下に広がる店内は、エルミタージュ美術館を模したステンドグラスに天井には絢爛なシャンデリア、多種多彩な大理石を用いた壁に、真鍮で見切りをつけたモザイクの床と贅を尽くし、店名にも通じるように古い城にでも迷い込んだかのよう。初代オーナーである松井省三氏が自らデザインし、オーダーメイドでつくり上げたという。

古城
東京都台東区東上野3-39-10 光和ビル地下1階
Tel. 03-3832-5675

「この辺りは下町で、昔の家はどこも長屋で狭かった。そのせいかこの店のように天井高の広々とした空間は当時まだ珍しかったのでしょう」とは、現オーナーであり娘の松井京子氏。オープン当時、スタッフは全員女性で着物を身につけ、コーヒーは銀のポットで1杯半。コーヒーカップは、男性は青、女性は赤と色分けして提供するスタイルは今も変わらない。マニュアルはなく「自由なほうが喫茶店らしいでしょ」と、松井氏。さらに言葉を続けて「地下の店ですが、自然の景色が見られます。モザイクの壁には山に木、そして月か太陽が描かれている。席に座ってみないとわからないですよね。東京藝大の学生さんが教えてくれてつい最近知りました」とも。

新たなエピソードが店の歴史に綴られ、魅力が醸成されるのだろう。

昭和レトロブームに代表される純喫茶だが、リアルタイムを知らない世代ほど魅了されているのはなぜか。難波氏によればSNSの影響によるところが大きく、「おうち時間」が増えたこの数年、インプットされた情報が蓄積されたなかで純喫茶に入るハードルが下がり、その魅力に若い世代が気づいたからではないかと分析する。

「現代社会は情報過多で、デザインもシンプルなものがスタイリッシュとされている。一方で昭和の時代は色・柄も多彩で、デザインもポップ。カラフルなクリームソーダがその象徴かもしれません。単に昭和が懐かしいからではなく、この時代につくられたものに純粋に惹かれた人たちが純喫茶の良さに夢中になっているのだと思います」

不純喫茶ドープ
東京都台東区上野1-8-3

こうした潮流を受けて、意図的に「昭和レトロ」を打ち出す新店も登場している。そのうちのひとつが喫茶店発祥の地・上野御徒町にある「不純喫茶ドープ」。定番のクリームソーダをはじめほろ苦いカラメルが特徴のプリンも人気で、高校生はもちろんビジネスマンや地域の住民にも親しまれる存在だ。酒を提供するため「不純」とうたっている。「もともと喫茶店だったので、当時の内装をそのまま生かしています」と言うように、年季の入った椅子やテーブル、インテリアによりイミテーションではない雰囲気が醸し出されている。

さぼうる
東京都千代田区神田神保町1-11
Tel. 03-3291-8404
※ナポリタン等のフードは隣接する「さぼうる2」にて提供

本と学生の街として親しまれ、近年は再開発によって高層ビルが立ち並ぶ街に変貌を遂げた東京・神保町。最も賑わう交差点の近く、地下鉄を出たあたり一帯は、タイムトリップしたような昔ながらの風情が残されている。その一角で開店前から行列が絶えない「さぼうる」は1955年創業。昼間は喫茶店、夜はバーを営業するこの街のアイコン的存在だ。ほの暗いバンガロー風の店内には、常連客から贈られたという日本各地の土産物が随所に飾られ、ノスタルジックな雰囲気とどこか文化的な薫りを漂わせる。同店のシグニチャーメニューであり、行列のお目当てがスパゲッティの「ナポリタン」。トマトケチャップのシンプルな味付けながら惹かれるおいしさで、ボリュームも満点。学生や忙しく働くサラリーマンの胃袋を支えてきたのだろう。

「昔からどのお店も普通にやってきたことを続けてきただけ。今になって店が少なくなり価値が出てきた。馴染みのお店がなくなるのは寂しいものですが、純喫茶人気は素直に嬉しいですね」

今でこそ脚光を浴びる純喫茶だが、近年は再開発等による閉店も余儀なくされている。

「同じものは二度と再現できないし、物価や人件費も違う現在に同様の価値があるものをつくれるとは到底思えない。壊すのは一瞬ですが、時間を重ねてこその空間がある」と語る難波氏。

再開発だけでなく、高齢化による後継者不足も危惧されるなか、世代交代によって受け継がれた名店がある。

音楽や演劇などサブカルチャーが根付く東京・下北沢で、1953年の創業以来愛されてきた「ジャズ喫茶マサコ」がそのひとつ。再開発を機に閉店が決まったものの、当時スタッフとして働いていたmoe氏が店を継承。10年のブランクを経て2020年に現在の場所に復活させた。壁一面を埋め尽くす数千枚のレコードはかけがえのない財産。アンティークの家具や小さなインテリア、装飾など、アイデンティティをそのままに再現している。

「ジャズ喫茶自体が日本独特の文化。それだけに継ぐ人がいなければお店ごとスクラップにされてしまうところだった。誰かがやるなら、自分しかいないと決断しました。ほかのジャズ喫茶と違って音楽に詳しくなくてもいいし、多少のおしゃべりもあり。堅苦しくならないようにあえて間口を広げています」

ジャズ喫茶マサコ
東京都世田谷区北沢2-31-2 大久保ビル2階

看板メニューのあんトーストは、初代マサコ氏が好んだ賄いをメニュー化したもの。moe氏の代になって好きな生クリームを添えてアレンジしたという。「食事もあったらいいなと思って」と、喫茶店らしいピラフを提供。コロンビア産とエチオピア産の2種類の豆はそれぞれ浅煎りはペーパードリップ、直火深煎りの豆はネルドリップとコーヒーへのこだわりも磨きがかかる。

「一時期廃れていた純喫茶ですが、音楽と同様でブームが再燃している印象。スマートフォンで音楽が聴ける時代に一度はレコードを手放した人がまた購入をしているのと同じです。コンビニでも安価にドリップコーヒーが飲める時代にわざわざ純喫茶に足を運ぶのは、新しい発見があるから。古いものの価値を再認識してもらえるきっかけになればいいですね」

大切に磨かれ続け、色褪せることのない魅力を放つ純喫茶。現代人が忘れかけている豊かさが見つかるかもしれない。

Text: Mamiko Kume
Photos: Shinsuke Matsukawa

この記事は、2024年2月発行の「THE PALACE」Issue 07掲載の内容をベースに、2025年2月現在の情報として掲載しています。2024年の取材撮影時の写真やテキストを使用しているため情報が更新されていない部分もございます。ご了承ください。

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