2020 Issue03
Local Tastes

Addicted to Eelsうなぎを食す

林 十江『鰻図』(部分)

世界各国に生息しているが、ことさら日本では専門料理店が数多く、広く親しまれている「うなぎ」。とりわけ暑い盛りにこぞって食べる姿は、日本の夏の風物詩。毎年、店先には長い行列ができ、価格の高騰と低落に日本中が一喜一憂する様子はニュースになるほどだ。長く細い体でくねくねと動き、表面はヌルヌルとした粘液をまとうユーモラスな特性から、江戸時代には浮世絵のモチーフとして、あるいは落語や川柳などの伝統芸能、慣用句やことわざにも数々登場し、日本人の生活文化にも深い関わりがある。生態はいまだ多くの謎に包まれ、資源減少も危惧されるなか、日本の食文化にとって特別な「うなぎ」の魅力に迫ってみた。

江戸時代の人気浮世絵師・歌川国芳の作品『東都宮戸川之図』。宮戸川とは現在の東京の隅田川のこと。2 人の漁師が真剣な眼差しでうなぎを捕る姿が描かれている。

うなぎは奈良時代、日本最古の歌集『万葉集』に「武奈伎(むなぎ)」とあるのが初出だが、縄文・弥生遺跡から骨が出土。いにしえの時代より食べられていたことが明らかになっている。河川や湖沼で捕れるものでは大きな魚で、貴重なタンパク源だったのだろう。実際、強靭な生命力を持ち、栄養価も高く、中国では薬膳に用いられるほどの滋養強壮の食物として珍重されたようだ。

うなぎが外食文化として、爆発的に広がったのが江戸時代。「もともと下町で親しまれるような庶民の食べ物でした。それが江戸時代に醤油やみりんのような発酵調味料が浸透したことにより“ 蒲焼き” が登場。醤油の香りと脂が相まって生まれるおいしさで人気に。また、蒲焼きを盛る器も、鮮やかな錦手のどんぶりや漆塗りの重箱などが、使われるようになり、次第に高級料理になっていったようです」と、東京大学農学博士で魚類生態学が専門の黒木真理氏。

「蒲焼き」はうなぎを切り開き、タレをつけて焼く京都発祥の料理法。上方(関西)ではうなぎの腹を裂いて串に刺して焼き、諸白酒と醤油を混ぜたタレをつけて焼くのが一般的だ。一方、江戸では背から裂いて白焼き(素焼き)にした後、蒸してから醤油とみりんを混ぜたタレをつけて焼くという調理法が主流となった。関西の「腹開き」に対し、関東が「背開き」なのは、武士が権威を誇る江戸では「切腹」を思わせる料理法は「縁起が悪い」と忌み嫌ったためと一説には伝えられている。

高知の四万十川で、冬季に行われるシラスウナギ漁の様子。海から川に上るうなぎの稚魚「シラスウナギ」を集魚灯でおびき寄せ、船の上から漁師が網ですくい取る。川幅いっぱいにたくさんの漁船が集まり、あかりをつけて行き交う景色はとても幻想的だ。

蒲焼きとごはんというシンプルな組み合わせでありながら、日本全国に専門店が点在している。とりわけ盛況なのが「土用の丑の日」。江戸時代の発明家・平賀源内がうなぎ屋に頼まれてキャッチコピーを謳ったことで、夏バテ防止に蒲焼きを食べる風習が盛んに。諸説あるとはいえ、現在も年間消費量の3割がこの時期というほど浸透している。

発育段階や季節によって生息場所や習性を変えるうなぎについて、日本人は古くから理解に努めてきた。長年にわたって漁具や漁法は工夫され、現在では養殖技術も飛躍的に進化している。現在、日本で年間に消費される99%以上は養殖のうなぎ。鹿児島、愛知、宮崎、静岡での生産量が高く、品質もおいしさも安定し、根強い人気を支えている。

魚食大国といわれる日本といえども、単一魚種のみを扱う店が営まれているのは、調理が難しい「ふぐ」と「うなぎ」くらいだろう。うなぎ職人の仕事は「串打ち3年、裂き8年、焼きは一生」といわれるほど、熟練の技を要する。うなぎをさばく専用の包丁も地域で異なり、数種類あるそうだ。職人技や調理道具は現代へと受け継がれ、うなぎを愛する人々によって、日本独自の豊かな食文化が花開いた。

1872年創業、東京・神楽坂にある「志満金」も長く愛され続ける店のひとつ。約150年の歴史を誇り、夏目漱石の小説にも「島金」の名で登場する老舗だ。うなぎは愛知、四国、宮崎、鹿児島などの名産地から、その時々で状態のいいものを仕入れている。活きがいいうちに手早くさばき竹串を打って、備長炭で白焼きにしてから30分ほどかけて蒸し上げ、タレをつけ焼きする関東風を貫く。

「余分な水分を飛ばすため一度白焼きにしてから、蒸しに入ります。その後は、3段階に分けて焼き上げるのが当店のやり方。1回目は均一に火入れをして、2回目は味をのせるように焼き、3回目で照りを出す」と熟練の職人。焼き色は濃すぎず、あっさりとしたきつね色に。うなぎ屋の命ともいえるタレは、創業当時より継ぎ足し継ぎ足し使用し、うなぎの滋養が凝縮した元ダレを大切に守り抜く。お重の蓋を開けるとタレの香りが鼻腔をくすぐり、ひと口味わうだけで頰が落ちるよう。

「一度みりんを替えたことがあるのですが、常連のお客様からお叱りを受け、それ以来秘伝の味は変えていません。それぞれご贔屓の店がおありでしょうが、当店は甘さを抑えたしょっぱ辛い味わい。さっぱりとお召し上がりいただけます」と、店長の加藤 正氏。

秘伝の味を守り継ぐ老舗の矜持が、うなぎ食文化を支えている。

かぐら坂 志満金
東京都新宿区神楽坂2-1
Tel. 03-3269-3151

腹開きしたうなぎを蒸さずに白焼きにし、タレをつけながら直焼きするのが関西風のうなぎだ。とろけるような口当たりと繊細な味わいの関東風に対し、関西風はパリッと香ばしい皮目とふっくらした身で食べ応えを感じさせる。東京・赤坂に暖簾を掲げる「にょろ助」は、そうした関西風のうなぎが味わえる一軒だ。

うなぎは産地にこだわらず、大きさや脂のノリを吟味して仕入れる。時には希少な天然ものが品書きに登場することもあるという。「さばきたて」「焼きたて」にこだわり、生簀から引き上げると同時に、慣れた手つきで腹開きにする。

「ちんたらしていたらうなぎが暴れちゃう。頭を落として、さばいてからもパクッと指に食いつくほどの強い生命力があるんです」と料理長の五十嵐公一氏。

厚みのある身に5本の金串を均等に刺したら、すぐさま炭火焼きに。上手く焼きを入れないと、いくらタレを重ねても色がのらないのだそう。白焼きは身側から、蒲焼きは皮目から炭火に当て、タレにつけては焼き、焼いてはタレにつけてを3回ほど繰り返す。金串がすっと簡単に外れるほどふんわりと焼き上がったうなぎは、熱々のうちに切り分けて、土鍋のごはんを覆うように並べられる。アクセントに添えた山椒の緑が目にも鮮やかだ。タレをまとったうなぎは艶やかで、厚みのある身は弾力があり、皮目はパリッと香ばしく、脂とタレ、米の甘みが合わさり渾然一体の味わい。

「肝はお吸い物に、骨は素揚げにして、頭も揚げてタレに浸せばおいしく味わえる。うなぎは残すところがない食材です」

同店では薬味や出汁を加えながら味わう愛知・名古屋が本場の「ひつまぶし」も楽しめる。うなぎの魅力はどこまでも奥深い。

「資源管理も難しいうなぎは高級料理になりつつありますが、だからこそ専門店で味わってほしい」と、黒木氏。

江戸時代から継承するうなぎなくして、日本の食文化は語れない。

にょろ助
東京都港区赤坂3-16-8 東海アネックスビル 1階
Tel. 03-5545-6314

Text: Mamiko Kume
Photos: Yuta Fukitsuka, TNM Image Archives, Aflo, Amana Images

この記事は、2020年2月発行の「THE PALACE」Issue 03掲載の内容をベースに、2023年2月現在の情報として掲載しています。2020年の取材撮影時の写真やテキストを使用しているため情報が更新されていない部分もございます。ご了承ください。

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