2021 Issue04
One Day Trips

Blessings of Odawara山海の恩恵 小田原

南に相模湾の大海原、西に緑豊かな箱根連山――小田原は、山海に抱かれた風光明媚な城下町だ。東京駅から新幹線に乗って約35分で、この魅力的な町に到着する。

小田原を世に知らしめているもののひとつに「小田原漁港」がある。相模湾は日本三大深湾のひとつで、10km先が1000m級の深海になっている。沖合には黒潮が流れ、四季を通じて魚の種類が豊富だ。箱根・丹沢の豊かな森の養分が注ぎ込み、餌も豊富な相模湾の魚は、脂がのって甘みがあり、身が締まっている。漁場が近いので、とにかく新鮮なのがうりだ。大型定置網などで獲れた魚はあっという間にセリにかけられ、短時間で出荷されていく。小田原漁港はこうして、首都圏の食卓を長く支えてきた。

  • 小田原城
  • 魚市場食堂

ローカルという矜恃

戦国時代に後北条氏の城下町として発展した小田原。白く輝く小田原城は町のシンボルだ。江戸時代には東海道屈指の宿場町として栄え、旅人は夜道を照らす小田原提灯や日持ちのする干物、梅干し、持ち運びやすいかまぼこなどを買い求めた。

小田原駅からまっすぐ続く道を数分歩くと、老舗の鮮魚店「魚國」がある。今年で創業110年を迎え、地元の住人のほか、有名レストランのシェフや、遠方から車でわざわざ買い求めにくる人もいるほどの人気店だ。目利きのスタッフが毎朝市場で吟味するというおいしい魚が種類も豊富に並んでいる。「サバは、ぬめりがあって頭が小さいのがおいしいよ」「刺身にしますか?三枚におろしますか?」顧客との軽妙なやりとりが聞こえ、店内は活気に満ちていた。

小田原漁港内にある「魚市場食堂」は、開店前から行列のできる店。入り口で食券を買うローカルなスタイルが期待を高める。季節の魚が常時10種類前後入る特製海鮮丼や、小田原産の魚介のみで構成する小田原丼など、人気メニューの新鮮な味わいをじっくり堪能できる。

魚國

小田原漁港ほど近くにある「露木木工所」は1926年創業の箱根寄木細工の店。小田原で寄木細工がつくられはじめたのは200年ほど前のこと。日本でも屈指の樹種が豊富な箱根山系が近かったこともあり、色とりどりの天然木を使った精緻な寄木細工がつくられた。「人の心を惹きつけるものをつくりたい」と語る三代目の露木清勝氏の言葉どおり、そこには伝統工芸の技法を生かしながらも、シックな色合いやモダンなデザインで表現された、現代生活にマッチする寄木細工が魅力的だ。

小田原から少し足を延ばした江之浦の高台に立つ古民家。ここは、1590年の小田原攻めに際し、豊臣秀吉が千利休に天正庵という茶室をつくらせた跡地で、現在は「麦焼処 麦踏」というパン屋になっている。店内は焼きたてパンの香ばしい匂いでいっぱいだ。店主の宮下純一氏が目指すのは「毎日食べても飽きのこないシンプルなパン」。地元神奈川産や自ら栽培した小麦を使って丁寧に焼き上げたパンは、噛むほどに豊潤で濃密な小麦のうま味が感じられる。

  • 露木木工所
  • 麦焼処 麦踏

魚市場食堂
神奈川県小田原市早川1-10-1 小田原魚市場2階
Tel. 0465-23-3818

魚國
神奈川県小田原市栄町2-8-12
Tel. 0465-24-1188

露木木工所
神奈川県小田原市早川2-2-15
Tel. 0465-22-5995

麦焼処 麦踏
神奈川県小田原市江之浦307
Tel. 0465-43-7922

光学硝子舞台

文化芸術の発信地

江之浦はアートの発信地としても知られている。ぜひ訪れたいのが小田原文化財団の「江之浦測候所」だ。相模湾と箱根外輪山に挟まれたかつてのミカン畑につくられた広大なランドスケープ。設立者である現代美術作家の杉本博司氏は、この恵まれた景観を借景に日本文化の精髄を発信することにした。配された建築群はすべて、日本の各時代の建築様式や、伝統工法を再現しており、施設を散策するだけで日本建築史を通観できるようになっている。

天空にある自らの居場所を確認する作業がアートの起源だとすると、世界各地の古代文明が冬至を特別な日と考え、祀ってきたのはごく自然なことだった。一年でいちばん日の短い冬至は、一年の終わりと始まりを象徴していたからだ。「冬至光遥拝隧道」は、この人類の最も古い記憶を追体験できる施設。冬至には相模湾から昇る朝陽が長い隧道を通って突き当たりに置かれた巨石を照らすのだ。鋭利な水平線を望む「光学硝子舞台」。舞台は冬至の軸線に沿って設置され、京都清水寺でも見られる檜の懸造りという工法で支えられている。夏至の朝には、硝子の小口に陽光が差し込み、舞台全体が輝く。

雨聴天
  • 冬至光遥拝隧道
  • 宝塔の塔身

「雨聴天」は、千利休が目指した侘茶の完成形である「待庵」の寸法を寸分違わず再現した茶室。かつて利久が江之浦の地につくった「天正庵」の記憶を、この地に遺されたミカン小屋のトタン屋根を再利用することで取り込んでいる。庵の名は、トタンに響く雨音に耳を傾けることに由来。

また、広い敷地内には杉本氏が数十年にわたって収集したもののうち、主に国内の考古遺物や古材が配されている。南北朝から室町時代につくられた宝塔の塔身もそのひとつ。石の片側の表面が大きく損傷しているのは1945年8月6日、広島に原爆が投下された際、爆心地の近くにあったため。その凄まじいまでの破壊の記憶が、見るものの胸に迫ってくる。

江之浦測候所を歩けば、人と自然の調和を重んじる日本独自の文化がいかに連綿と受け継がれてきたものであるかを再認識させてくれる。

山海の恩恵を巧みに生かし、歴史とともに発展してきた小田原への旅。それは食から工芸品そしてアートに至るまで、“この土地だからこそ伝えられる特別な物”との出合いの場となるだろう。

小田原文化財団 江之浦測候所
神奈川県小田原市江之浦362番地1
Tel. 0465-42-9170
入館にはWEB からの事前予約が必要です。
https://www.odawara-af.com

Text: Masami Watanabe
Photos: Masatomo Moriyama

この記事は、2021年2月発行の「THE PALACE」Issue 04掲載の内容をベースに、2023年4月現在の情報として掲載しています。2021年の取材撮影時の写真やテキストを使用しているため情報が更新されていない部分もございます。ご了承ください。

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