千葉県の東に位置する佐原は古くから水運で栄えた街。江戸時代に隆盛を極め、「お江戸見たけりゃ佐原へござれ、佐原本町江戸優り」とうたわれたほどだ。中央を流れる小野川や香取街道沿いには、現在も土蔵造りの商家や千本格子の町家などの歴史的建築物が残り江戸情緒を留める。
遡るとその歴史は神武天皇の御代18年と伝わる名社・香取神宮創建の時代にいきつく。古代から中世に「香取の浦」と称する内海が開け、既に重要な交通・物流の中継地となっていた。
『大日本沿海輿地全図』を成した江戸時代の商人・測量家、伊能忠敬が17歳で入婿した伊能家も佐原で大きな力を有した豪商。忠敬自身も十代目当主として商才を発揮、現在、この地に立つ「伊能忠敬記念館」ではその偉業を伝えている。
小野川を往復する「舟めぐり」も小江戸情緒満点。途中、下をくぐる「樋橋(とよはし)」は300年以上農業用水の水路として街を支えた橋。現在も30分おきに川へ水が流れ落ち、通行人の目を楽しませる。1914年建造の元銀行「佐原三菱館」、毎年7月と10月に行われる「佐原の大祭」の山車の曳き廻し、そして全国に約400社ある香取神社の総本社、香取神宮なども佐原の主要な見どころだ。
佐原には江戸時代から現在まで商いを続ける創業200年超の商家がいくつもあり、観光客のみならず街の人々の暮らしに結びついている。「植田屋荒物店」の創業は1759年。近江出身の初代辻仁兵衛が起こした荒物と畳表の卸業に始まる。現在は全国から集めた料理道具、掃除用具といった荒物のほか、和風小物、民芸品など日本の伝統の技が息づく日用雑貨を扱っている。敷地奥の土蔵は築130年以上だが1・2階とも店舗になっており、自由に見学することができる。土蔵に用いられている叉首組(さすぐみ)構造は高い文化的価値を持つ。
植田屋荒物店
千葉県香取市佐原イ1901
Tel. 0478-52-2669
創業1630年頃の「油茂製油」も佐原を代表する老舗店。浅く煎った白ごまを、石臼で丁寧に搾り上げる「玉絞め」という技法を数百年の間受け継ぎ製造している。良質な白ごまを精選し、伝統技術により搾り出された一番搾りの最高級胡麻油は、品の良い香り、澄んだ色、高い栄養価を含む。「添加物や化学薬品は一切使用していないので、そのまま飲むことはもちろん、炊飯のときにお米と一緒に炊くとつややかなごはんが炊きあがります」と店主の並木茂徳氏。30年ほど前から始めたラー油は辛みだけでなく、しっかりとうま味を感じることができる逸品。「100%胡麻油でつくったラー油は珍しいと思います。独特の香ばしさを感じていただければ」と並木氏。千代紙の包装が美しい小瓶はお土産物にも最適。「道の駅・川の駅 水の郷さわら」を除いてはここでしか購入することができない。
油茂製油
千葉県香取市佐原イ3398
Tel. 0478-54-3438
そのほか、香取街道と小野川が交差する角に位置する「中村屋商店」は明治時代より代々、荒物や畳表などを扱ってきた商家。店舗兼住宅は1855年、3階建ての土蔵は1892年の建築といずれも古く、1993年に千葉県の有形文化財に指定された。現在店舗兼住宅のほうは貸店舗のカフェスペースになっており、土蔵の1階から3階で土産物店を商う。房州うちわ、佐原の町並み手ぬぐいといった雑貨や、店主手づくりの真田紐を用いた携帯ストラップなどユニークな商品も多い。
ほかに1800年創業の「正上醤油店」、1825年創業の蔵元「東薫酒造」などもこの地で200年という長い時を紡いでいる。
創業は江戸初期の1657年となる菓子店「虎屋」も佐原に来たらぜひ訪れたい店だ。3年前に建て替えた店舗の外装や内部には、鶴や亀、宝船などのお菓子の木型が貼られており、店内に掲げられた欄間は七福神を彫り込んだもの。「縁起の良い店構えにしたかったんです。おいしい菓子をご提供するのはもちろんのこと、何よりもおもてなしの心を大切にしています」と十九代目夫人の高橋由美氏。
虎屋
千葉県香取市佐原イ1717
Tel. 0478-52-2413
店を代表する「とらやき」は製造に高度な技法が必要で、実は三代前で途絶えていたが、3年前に十九代目当主が復活させた。家の整理をしていたところ偶然配合帳が見つかり、リバイバルに向けて動きだしたという。餡子は北海道十勝産の小豆を香取神宮の御神水で3日間煮て丁寧に仕上げている。縁起の良い虎模様ともっちりとした皮が特徴。ほかに餡子、国産果実のソース、生クリームをサンドしたカップ入の「TORA3°(とらサンド)」や、とらやきの生地を焼いた「虎スク」なども人気。
日本家屋をリノベーションした「リストランテ カーザ・アルベラータ」は、銚子港直送の鮮魚や地元野菜などを使い地産地消にこだわったイタリア料理店。イタリアのリグーリア州にあるミシュラン一つ星の店で修業したオーナーシェフの並木一茂氏が地元佐原に戻り2009年にオープン。来客は彩り豊かな前菜や手打ちパスタに舌鼓を打つ。
「歴史があり観光資源が豊富な佐原ですが、実は周辺には農地が多くあります。全国1位の漁獲量を誇る銚子港が近いこともあり、地の野菜や魚にはこと欠きません。その点はイタリアにも通じる、食文化豊かな土地だと感じます」と並木氏。ほとんどのパスタが手打ちで、名物のニョッキは地元産マッシュルームのソースとからめる。
リストランテ カーザ・アルベラータ
千葉県香取市佐原イ1727
Tel. 0478-79-9422
そのほか、佐原には古民家や町家をリノベーションした和食、フレンチ、イタリアン、カフェなどの飲食店が軒を連ねる。約240年の歴史を持つ蕎麦屋「小堀屋本店」の真っ黒い「黒切りそば」や、創業300年になる「うなぎ割烹 山田」の鰻もファンが多く、それぞれ行列のできる人気店。
日本の玄関口・成田国際空港に好アクセスであることから、「世界に一番近い江戸」ともいわれる佐原は、時代をスリップしたような風景のなかに、見る・学ぶ・遊ぶ・味わう、様々な観光的要素が凝縮された稀有な場所だ。
Text: Hiroe Nakajima
Photos: Sadato Ishizuka
この記事は、2024年2月発行の「THE PALACE」Issue 07掲載の内容をベースに、2025年2月現在の情報として掲載しています。2024年の取材撮影時の写真やテキストを使用しているため情報が更新されていない部分もございます。ご了承ください。
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